患者・家族への対応
看護師への患者・家族の暴言。その場の身の守り方とカスハラの線引き
更新 2026年10月23日読むのに約7分
患者さんやご家族からの大声や暴言を、仕事のうちと飲み込んでしまうことがあります。この記事では、その場で身を守る動き方を先に置き、そのあとで、事業主の義務になったカスハラ対策の定義と、職場が動かないときの窓口を整理します。
大きな声で責められた日のことが、胸のどこかに残ったままになっていないかな。
まずは、その場で身を守る動き方から、確かめていこう。
暴言・暴力を受けたその場で、身を守る動き方
怒鳴られたり、物を投げられたりした瞬間は、頭が真っ白になり、謝り続けることしかできなくなる場合があります。その場で目指すのは、言い返すことでも、相手を落ち着かせきることでもなく、自分と周りの安全を保ったまま、一人の対応から抜けることです。動きを4つに分けておくと、とっさでも思い出しやすくなります。
- 距離をとる:ベッドや床頭台を挟む、出入口の側に立つなど、すぐ離れられる位置に移る。手の届く距離に入らない
- 一人で対応しない:ナースコールや声で、近くのスタッフを呼ぶ。「○○さん、ちょっと来てもらえますか」と名前を呼ぶと届きやすい
- 離れる:安全に中断できるなら、「確認してまいります」と伝えて部屋を出る。言い返したり、説得を続けたりしない
- 交代を頼む:リーダーや管理者に、担当の交代や、複数人での対応を頼む
○号室の方が大きな声で興奮されていて、一人では対応が難しい状況です。交代していただくか、一緒に入っていただけますか。
管理者に交代を頼むときの一言の例
叩かれた、物を投げつけられたなど、暴力があったときは、けがの有無を確かめて、すぐに管理者へ報告します。厚生労働省の指針は、事業主があらかじめ決めておく対処の例として、管理監督者へ直ちに報告して指示を仰ぐこと、可能な限り一人で対応させないこと、暴行・傷害・脅迫などは警察へ通報することを挙げています。通報するかどうかを一人で抱えず、管理者と一緒に判断します。けがをしたときは、受診とあわせて、労災の手続きを職場に確かめます。
落ち着いたら、次の順番で職場に伝えます。指針や厚生労働省の企業向けマニュアルが事業主に求める対応(直ちに報告する、一人で対応させない、事実を時系列で整理して報告する)を、個人の動き方に置き換えた一例です。
- 1. その場では身の安全を優先し、近くのスタッフに担当を代わってもらう
- 2. その日のうちに、リーダーや師長に起きたことを伝える
- 3. 日時・場所・言われたこと(できるだけそのままの言葉)・居合わせた人を、時系列で書き残す
- 4. 次の勤務から、同じ患者さんへの対応を複数人にできるか、担当を変えられるかを相談する
指針は、事業主の対処の例に、個人情報保護法等を守ったうえでのやり取りの録音・録画も挙げています。ただ、これは職場として決めておく対処の例なので、個人で録音するかどうかは、職場の決まりに従って管理者と相談します。
カスハラは条文の言葉ではない。いつ、誰の義務になったのか
いわゆるカスハラ(カスタマーハラスメント)への対策は、2025年6月4日に成立し、6月11日に公布された改正法により、2026年10月1日から、すべての事業主の義務になりました。病院やクリニック、訪問看護ステーションなど、規模を問わず対象です。
根拠は労働施策総合推進法で、2026年10月施行の現行条文では第33条にあたります。見出しは「職場における顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等」で、「カスタマーハラスメント」という語は条文に出てきません。厚生労働省の指針やリーフレットが、そう呼んでいます。
義務を負うのは、働く人本人ではなく、事業主(病院などの運営側)です。条文は、相談に応じる体制の整備などを求め、相談したことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いを禁じています(同条2項)。違反した場合に条文にあるのは、厚生労働大臣の勧告と、従わなかったときの公表です(第42条)。患者さんが処罰される仕組みではなく、顧客等の側の責務(第34条)も努力義務です。
定義の3つの要素と、苦情との線引き
厚生労働省の指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを、次の3つの要素をすべて満たすものとしています。
- 1つ目:職場で行われる、顧客等の言動であること
- 2つ目:その労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- 3つ目:それにより、労働者の就業環境が害されること
「顧客等」には施設の利用者が含まれ、指針は病院の利用者やその家族を例に挙げています。厚生労働省のマニュアルは、訪問看護のように自宅へ訪問して行うサービスも含まれると説明しています。「許容される範囲を超えた」かどうかは、言動の内容と、手段・態様の2面から見て、目的、経緯や状況、態様・頻度・継続性などを総合して判断されます。
正当な申入れ
指針は、苦情のすべてがカスハラに当たるわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れで、カスハラには当たらないとしています。
許容範囲を超えるもの
内容が相当でない要求や、手段・態様が相当でない言動が、該当し得ます。どちらに入るかは、状況を総合して判断されます。
- 内容が超える例:理由のない要求やサービスと関係のない要求(性的な要求など)、対応が著しく困難または不可能な要求、不当な損害賠償の要求
- 身体的な攻撃の例:殴る、蹴る、叩く、物を投げつける、わざとぶつかる、つばを吐きかける
- 精神的な攻撃・威圧の例:人格を否定する言動、土下座の強要、無断撮影、大きな声での威圧
- 執拗・拘束の例:同じ質問の執拗な繰り返し、長時間の居座り、電話による拘束
これらは限定列挙ではありません。「この場面の、この言葉はカスハラ」と一人で決めず、迷うときは職場の窓口に出します。苦情を受けたその場の受け答えと、落ち込んだあとの整理は、患者さんのクレームを受けたときの記事にまとめています。
聞きなれない言葉が続いたかもしれないね。ここで、ひと口、お茶をどうぞ。
事業主が決めておくことと、医療の現場の事情
指針が事業主に求める措置(義務)は、大きく5つです。個人の看護師が一人で背負う前提ではなく、職場の仕組みとして用意するものです。施行後の整い方には、職場による差があります。
- 方針の明確化と周知:毅然と対応し、労働者を保護する方針と、あらかじめ定めた対処の内容を周知する
- 相談体制の整備:窓口を定めて周知する。おそれがある場合や、該当するか微妙な場合にも、広く対応する
- 事後の迅速かつ適切な対応:事実を確認し、被害者に配慮する(管理監督者が代わって対応する、担当者を変える、複数人で対応する、メンタルヘルス不調への相談対応など)
- 抑止のための措置:特に悪質なものへの対処の方針を、あらかじめ定めて周知する
- あわせて講ずる措置:相談者のプライバシーを守り、相談を理由に不利益な取扱いをしない旨を周知する
- 方針を決めて周知毅然と対応・保護
- 相談を受ける微妙な場合も
- 事実を確認迅速・正確に
- 被害者への配慮複数対応など
- 再発を防ぐ方針を見直す
この輪が、職場の中でちゃんと回っているかが、大事なんだね。
看護の現場では、「出入り禁止にすればよい」とは言えない事情があります。指針は、各業法などでサービス提供の義務が定められている場合や、サービスが途絶すると顧客等の生命や心身に重大な影響が及ぶ場合があることに留意するよう求めています。厚生労働省の通達は、福祉・医療分野などの性質に留意する旨と説明し、例として医師法19条1項などに留意することが考えられる、と書いています。
そのため、患者さんを出入り禁止にできる、診療を断れる、とまでは言えません。特に悪質なものへの対処の方針を事業主があらかじめ定める義務があり、医療での適用は業法などへの留意のもとで個別に検討される、というところまでです。だからこそ、その場では個人で対決せず、交代と報告で組織の対応に乗せることが現実的です。
職場が動かないときの窓口と、労災の基準
厚生労働省は、ハラスメントの相談を、まず会社の相談担当者や信頼できる上司に、会社で対応してもらえない場合や社外で相談したいときは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)か総合労働相談コーナーへ、と案内しています。匿名でも相談でき、無料です。雇用環境・均等部(室)の受付は8時30分から17時15分(土日祝日・年末年始を除く)で、総合労働相談コーナーの開いている時間はコーナーごとに違います。窓口の選び方は、労働相談の窓口の選び方にまとめています。
- その場で管理者へ報告
- 職場の窓口相談担当・上司
- 労働局雇用環境・均等部(室)
- 総合労働相談コーナー
順番は目安だよ。外の窓口から話してもいいんだよ。
条文上、カスハラに関する労働者と事業主の紛争は、都道府県労働局長による助言・指導・勧告(第36条)と、紛争調整委員会による調停(第37条)の対象で、申請したことを理由とする不利益な取扱いも禁じられています。使えるかどうかや手続きは、労働局の窓口で確かめます。気持ちのつらさが先にあるときは、つらいときの窓口があります。
労災にも触れておきます。厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023年9月改正)では、業務による心理的負荷の評価表に、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が、具体的な出来事として載っています。「強」と評価される例には、「中」程度の迷惑行為を受け、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合などがあります。認定は個別に判断されるため、労働基準監督署などの窓口で相談します。
応援を呼ぶ一言と、窓口の名前。この2つだけ、メモしておこうか。
次に同じ場面が来ても、一人で受け止めなくていいからね。
よくある質問
患者さんに暴言を言われたら、その場でどうすればよいですか?
言い返したり説得を続けたりせず、距離をとって、近くのスタッフを呼びます。安全に中断できるなら部屋を出て、管理者に交代や複数人での対応を頼みます。その日のうちに、起きたことを時系列で報告します。
患者さんからの暴言は、すべてカスハラになりますか?
なりません。厚生労働省の指針は、苦情のすべてがカスハラに当たるわけではなく、客観的にみて許容される範囲の申入れは当たらないとしています。一方、暴言・威圧・執拗な言動などは例に挙がっています。どちらかは状況の総合判断になるため、職場の窓口に出してください。
カスハラへの対策は、いつから義務になりましたか?
2026年10月1日からです。2025年6月に成立し、同月に公布された改正法による、すべての事業主の義務です。義務を負うのは事業主で、職場の体制がどこまで整っているかは、職場によって違います。
患者さんから暴力を受けたとき、どこに相談できますか?
まず、職場の管理者と相談窓口です。対応してもらえないときや、社外で話したいときは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)や、総合労働相談コーナーがあります。暴行や脅迫は、警察へ通報する対応が、指針の例にも挙がっています。
出典・参考(公的な情報)
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(厚生労働省)
- 労働施策総合推進法第10章の規定等の運用について(雇均発0424第2号、令和8年4月24日)(厚生労働省)
- カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)(厚生労働省)
- リーフレット(詳細版)カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます(厚生労働省)
- 職場におけるハラスメントの防止のために(厚生労働省)
- 労働施策総合推進法 第31条〜第38条・第42条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律案(第217回国会 議案情報)(参議院)
- 職場でのトラブル解決の援助を求める方へ(厚生労働省)
- 心理的負荷による精神障害の認定基準について(基発0901第2号、令和5年9月1日)(厚生労働省)
- 心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました(厚生労働省)
- 総合労働相談コーナーのご案内(厚生労働省)
法令・制度は、上の出典を 2026年10月23日 に確認して書いています。改正されることがあるので、手続きの前に、最新の内容を各窓口で確かめてください。
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この内容は一般的な情報で、医療的な診断や個別の助言ではありません。つらさが続くときは、公的な窓口や、かかりつけ医・産業医に話してください。